去る22日に、六十五歳で亡くなった隣家の先達。

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休みの日に庭で作業していると、良くここから声をかけてくれて、アルファや何やらの話をしたものです。

時には魚介類や好きだったフィリピン土産を手渡してくれました。

そんな故人のお通夜はとても小さなものでした。

生涯独身だったため、喪主は甥っ子さん。

基本的に、友人や近隣への連絡は無かった様です。

ご両親やお姉さんも既に他界していて、親族も数人。
会社で倒れられたので、会社の方数人。
そして私たち夫婦ともう一軒の隣家の母娘。

短いお経で喪主の言葉もなく、、、

どちらかと言うと親分肌だった故人には何となく物足りない葬儀だなと思ってしまいました。

以前は親族が無くなったら、連絡漏れがあってはいけないので色々とバタバタするのを見聞きしていましたが、最近の流行りは、「家族葬」と言うやや美化された呼び名の小さなお葬式。

その人の人生を締めくくるには寂しい気がしてなりません。

そんな気持ちでホールを出ようとすると、ふと机にポツンと置かれた一冊のアルバムが目に止まりました。

小さなタグに「自分史」と書かれています。

ハッとして表紙をめくってみると、故人自らが作ったものである事が分かりました。

序章として、簡単な生い立ちと同居している母親や愛犬の事。
そして作成時の年齢。
享年六十五歳の故人が三十八歳の時に綴ったものでした。

自分の家系図や持っている資格などと共に、家族、愛犬、趣味の旅行や愛車のフェアレディZの事が見出しや写真で紹介されていました。

全部で10ページ程のものでしたが、暫く愚妻殿と見入っていると、誰もいなくなった葬儀場で喪主の甥っ子さんが話しかけて来てくれました。

亡くなった日に家に行き、偶然このアルバムを見つけたので置いてみる事にしたそうです。

もしかしたらいつか訪れるこの日に、来葬者に自分の思い出や生い立ちを見てもらうものになると何処かでおもっていたかもしれません。

現在のところ、数名しか見ていませんが、
「確かに見させていただきましたよ!I原さん!」
そして少なからず心を動かされました。

微力ながらここの駄ブログのこの記事で記録させて頂きます。

私も作ってみようかな?
「自分史」